青木繁展2011年07月02日 22時10分

京都国立近代美術館へ「青木繁展」を観に行く。
大好きな青木の絵だらけで、もう大感激!!
石橋美術館やブリジストン美術館、大原美術館などで観た作品以外にも、こんなに多くの作品が残っていたのかと驚いた。それは青木の死後、作品が散逸しないように友人たちが奔走したお陰だと、この展覧会で知る。
デッサンやスケッチ、書簡などが多数あり、青木の人となりがよく伝わってきた。
漫画風のイラストもあり、普通の画学生の一面が垣間見えて、親近感が沸く。

印象に残ったのは、布良(めら)の海を描いた数点の油絵。
岩や波を色彩豊かな点描で描いており、砕け散る波の音が聞こえてくるよう。
そして、今描き上げたばかりのような鮮やかさ。潮風に吹かれているような清々しさを感じる。

念願の「日本武尊」も観ることが出来た。
昔、教科書で目にしたことがあり、のちに青木の作品と知って生で観たかったのだ。
目の大きな日本武尊の顔は、青木自身をモデルにしたとか。
「洋画界のアレキサンダー大王になる」と豪語していた思いが込められているのかもしれない。

絶筆となった「朝日」は、なんと神々しいのだろう!
朝焼けに照らされて虹色に輝き、穏やかに凪いだ海。
観ていると心が洗われるような、それでいて切なくなるような作品。
命の灯が消えようとしていた28歳の青木は、どんな思いで描いたのだろうか。
もっと生きたい! この朝日のように何度でも再生出来たら。もっともっと絵を描きたい!
そんな叫び声が聞こえてくるようで、思わず心の中で合掌した。

青木が姉に宛てて書いた遺書(手紙)には、「痰壺(?)に鮮血を三杯吐いた」、「骨灰はケシケシ山の松樹の根に埋めて下さい」などと書かれてあり、胸が詰まる。
青木は死して、「洋画界のアレキサンダー大王」となった。
時代が彼にもう少し早く追いついていたらと思うと、残念でならない。

初めて知った事実も多く、収穫の多い展覧会だった。
もう一度、青木の旧居を訪ねてみたくなった。
大満足の一日を過ごせたことに、感謝!